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2018-10月

蘇る記憶

2018-10-27 (土)

10月3日、江別女性協議会の65周年事業で講演を行いました。
9月に予定されていた江別市主催の秋の講座が、9月6日の地震のために中止となったため、市職員の方数人もおられ、総勢150人ほどが聴いてくれました。
EMを使った堆肥作りとその素晴らしい野菜たちの話を1時間ほど、そして、会の役員の方たちが私の経歴に興味を持たれていて、ゼネコンからEM普及に携わるようになった理由や青年海外協力隊のことなども聴きたい、との要望があったため、写真10枚ほどを準備して残りの30分ほど話しました。
奥村組時代の青函トンネルや河川工事のスライドに続いて、モロッコのことを話しているうちに、南方から流れてきて公園の隅でうずくまっている母親と二人の子どもが思い出され、感極まって言葉に詰まってしまいました。
30年以上前のことであるのに、まだ、心の中に強い感情が残っていたことに自分でも驚きました。
私的な感情で講演を終えてしまい、聴衆の皆様には申し訳なく思いましたが、降壇後に良かったよと声を掛けて下さる方もいて、安心しました。
そして、驚いたのが、講演後に中学校の同級生が眼前に現れたことでした。
40年以上会っていなかったために、顔を見てもわかりませんでしたが、より昔のことを思い出させてくれた一日でした。
そして、18日には協力隊同期の東京で施設長をしている友人と久しぶりに会い、26日には奥村組のOB会、27日は東京在住の高専の同級生夫婦と飲み会という、EMに携わる以前の人たちとの再会がありました。
11月末に事務所移転を控え、新たなスタートを切るための心の清算のためなのかもしれないと思いました。DSCN8635

沖縄県知事選挙

2018-10-01 (月)

“激しい選挙戦を繰り広げた沖縄県知事選挙は30日、翁長雄志知事の後継として「辺野古に新基地を造らせない」と訴えた玉城デニーさん(58)が新基地建設の是非を明言しなかった佐喜真淳さん(54)に大勝した。
米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市の辺野古新基地建設を拒む県民の意思が明確に示された。
玉城さんは涙を浮かべ「新基地建設を止めることが未来の子どもたちにできる、私たち責任世代の行動だ」と呼び掛け、「翁長知事の遺志を継いで、私も体を張って主張する」と魂の継承を力強く誓った。
伊江島出身の母と米海兵隊員の父との間に旧与那城村で生まれた。母子家庭で育ったことや産みの母と育ての母の2人の母がいることなど、自身の出自も語りながら「一人も取り残さない社会をつくる」と訴え、沖縄中を駆け巡った。“  (以上ネットから)

玉城新知事の出自を知って、より強く勝って良かったと改めて思った。
辺野古の自然が破壊されるばかりではなく、新基地が建設されてしまえば、未来永劫沖縄には米軍が居座り、日米地位協定による米国の主権侵害と、日本政府による地方自治への圧政は続いてしまう。
本土においても、横田基地へのオスプレイ配備が準備されている中、すでに近隣住民からは、低周波音の地鳴りのような騒音に対する苦情が出ていて、本格配備となれば、より騒音被害は大きく広がるであろう。
訓練区域は北部側にあるので、住宅地上空を飛行することは避けられないのであるから。
沖縄県民が受けてきた騒音や、精神的な不安を新たな地域に広げる政策で良いのか。
そして、北海道もその対象の真っただ中にいることを忘れてはならない。
日米蜜月の関係を見直す時期に差し掛かっているのではなかろうか。
つい先日、訪米した安倍首相は、2国間貿易協定に同意せざるをえない状況に陥っていた。
トランプ大統領は北朝鮮への拉致被害者救済のコメントを口にするだけで、一つの貸しを作った形になっていたのだから。
核の傘だけが日本を護る唯一の方法ではないことを考える時だ。         
何の戦略も持たない安倍首相は、防衛装備品(武器)の大量購入を迫られるだけなのだ。

樹木希林さん

2018-10-01 (月)

75歳で亡くなられた彼女を悼むドリアン助川さんの追悼の記事(北海道新聞9月21日夕刊)には、弱者に寄り添い行動に移す彼女の本質が語られていた。少しだけ抜粋させて頂きました。

“紛争状態にあったウクライナでの映画祭には、周囲の制止にも関わらず「そういうところだからこそ行ってあげたいわよね」と言って、二人だけ(ドリアン助川さんと希林さん)で訪れ、見終わったあと、目頭を押さえているウクライナの人々を静かに抱きしめた。
福島県会津の山間部の中学校では、映画の感想を言えずに固まってしまった女生徒を、やはり全身で抱きしめ「私も同じだったんだよ。ひとこともしゃべれない子だった。でも、胸の中にはたくさんの言葉があるよね」女生徒は無言のままうなずいた。
ウクライナの映画祭からの帰り、希林さんは自宅に戻らず、なぜかそのまま沖縄へ向かった。翌日、辺野古埋め立てを阻止しようとする沖縄のおばあたちと腕を組む希林さんの姿があった。映画祭からの衣装そのままで。“

若いころからの老け役で異彩を放っていた樹木希林さんであるけれど、最近は社会派的な映画への出演が続いていた。
人間の本質や現実の社会を淡々と表現するものが多かったように思えるが、人の心を見透かす眼力があったのだろう。
共演者たちの言葉には、凝視された思い出があるという。
全身ガンであるにも関わらず、ガンと共生しながら最期まで女優業を続けた生き様には感嘆するばかりです。

EMとはEffective Microorganismsの略語で、有用な微生物群という意味の造語です。 EMは自然界から採種し、抽出培養した複数の微生物資材で、琉球大学農学部の比嘉照夫名誉教授が開発しました。

〒061-1147
北広島市
里見町2丁目6番6
TEL:011-398-5817
FAX:011-398-5827

代表細川義治のプロフィール
2011年NPO法人
北海道EM普及協会 理事長
活動内容
・生ゴミ堆肥化の技術指導(札幌市の派遣講師事業)
・家庭菜園でのEM利用技術の普及
・授産者施設でのぼかし作りの指導
・小中学校の環境改善のためのEM利用の普及
・有機農産物の普及
趣味
・映画鑑賞
・1匹の愛猫との散歩