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2011-04月

自然エネルギー

2011-04-30 (土)

4月30日朝、ウェイクアップという番組で、河野太郎議員いわく「原発の寿命40年なのだから、自然エネルギーに切り替えつつ2050年に脱原発を目指すべき。地域独占企業型による電力業界からの自民党への献金、民主党と労組票の癒着、これらを解消。」
それに反論する形で田中なにがし氏は「自然エネルギーは変動的で不安定、原発などの高品質電力は欠かせない」とのたまう。
環境エネルギー政策研究所の飯田哲也氏は、「世界の趨勢は自然エネルギーの爆発的な増加」と答えていた。
起きてはならない事故が起きても、まだ原発必要論が存在し、日本が進むべき道を誤らせる意見がある。
過剰優遇されてきた原発技術を手放し、自然エネルギーへの転換に向かうことが、今回の事故を無駄にしない唯一の道なのだと強く思う。
環境省が出している日本の自然エネルギー可能容量は、原発数十基分もあると言うのであるから。
ちなみに、本日14時からエルプラザで、「はんかく祭」が催される。京大原子炉実験所の今中哲二氏と前出の飯田哲也氏が講演をされる。
今回の事故の真実と、これからのエネルギー政策について、の話を聴き、少しは胸のつかえを取り除きたいものである。
P.S.昨日、エルプラザで放射能汚染に関する上映会があったが、厚労省の許容限度量の数値の引き上げの迅速さは、いかにも役人仕事と思われた。
国民の命は軽視されているのである。

北海道EM普及協会 支援金

2011-04-16 (土)

震災からひと月が過ぎても悪化の一途を辿っているとしか思えない原発の実態を、報道はいつになったらその本当の危険性を伝えてくれるのであろうか。
協力隊関係からの情報や環境グループからの情報などに触れると、避難されている方々の心持を考えると厳しいことであろうが、新しい生活に気持ちを向けたほうが良いのではと思ってしまう。
1月から新理事長として動き出した「NPO法人北海道EM普及協会」であるが、昨年までの5年間札幌市からの生ごみ堆肥化容器への助成制度も変更になり、収入減が見込まれる中、会員からの東北被災地への募金活動も行われ、たくさんのご厚意が寄せられている。仮設トイレの消臭効果の高いEMボカシをEM関係者に送る資金として使われる予定なのだが、まだ現地での受け入れ体制が整っていないということで、これからの長期に渡る支援を続けていかなければならない。
本日から4回の菜園講習会を開催し、その講習代金の半分を支援金として活用したり、自給菜園からのEM収穫物を送る案も浮かんでいる。
なにかの活動をしながら、資金の調達を図ることが、より一層気持ちが近づけるような気がします。
ご厚意を寄せられるご意志のある方は下記住所まで、暖かいお言葉を添えてお手紙など送っていただけますとありがたく思います。

〒004-0005 
 札幌市厚別区厚別東5条3丁目24
  NPO法人 北海道EM普及協会

振込口座 口座番号 02790-6-74318
       加入者名 NPO法人 北海道EM普及協会 

モモのピンチ

2011-04-06 (水)

一週間ほど前に大きな野良ネコに追いかけられたモモの状態が一気に悪化。
朝の散歩で胸のあたりの脱毛に気づき、急きょ病院へ。
野良ネコにやられた傷が悪化したのであろう。左目上にも傷があった。
胸にはゴルフボールほどの膿の塊が皮下にできており、即、切開して、膿を出す。
内部には固形化している部分もあるとのお医者さんの言葉が気にかかる。
もう少し早く見つけていればと悔いる。
家に帰ってすぐに、去年、キロンが使ったエリザベスカラーを取り付けた。
それから、EM-1とEM-XGOLDの混合液をスポイドに入れ、傷口から膿の溜まっていた内部へ注入。
あとはEMの力を信じるしかない。
夕方、チビが表へ出たがるので、気分転換のためにと思い、モモを抱きかかえて外に出た。
ところが、モモは私の手を離れ急に走りだし、フェンスの隙間に突進してカラーを破壊。
猛スピードで家の中に逆戻り。敏感なモモは音に過剰反応したようだ。
動物病院に連絡し、新しいものを取り付けてもらう。
さすがに元気がなく、容体もおかしいので、打ち合わせもキャンセルして、家にいてやる。
カラーを嫌がり、おかしな動きをしては諦めるが、徐々に元気さも失せてきて、今晩が山か、と思ってしまう。
枕元の座布団の上で静かに眠っているモモの体に手を触れたまま眠る。
朝4時、傷口は膿が固まっていて、動きも少しは良いようだ。
食欲もあり、10時に病院へ行き、内部の洗浄をしてもらう。
24時間でかなり良くなっているとの言葉に安堵。
ひと月ほど通うようになるとのこと。
しかし、この時、私はモモの感情を全く読めていなかった。
家に帰りEM混合液を入れてやり、安心したせいか、少し昼寝した。
夕方、外に出たがったので、まだ、雪の残る西高に入っておろした途端にモモは一目散に走り出した。
普段、大きな道路を渡る時には、車に注意してそろそろと歩くのだが、まさに私から逃げた、という感じで走り抜けた。
すぐに追いかけるも、見当たらない。口笛を吹いて区画のすべてを歩き回っても、一向に返事がない。
二日続けての病院行きと、カラーが拷問のような苦痛を与えていたのかもしれないなあ、と思いながら、
1時間ごとに探して回るが、「家出」と考えると腹をすかして帰って来るのを待つしかないのかと思い始める。
6,7回探し回って、やっぱり待つしかないか、と諦めて横になったが、開いた傷口と氷り始めた外気温が気になりだす。
せめて、カラーがなければ、自由に動きが取れるのにと考え出すと、ひょっとしたら、カラーのまま狭いところに引っかかっていたら大変だと思い、12時を過ぎてから、これが最後と探しに出た。
車の音もなく、口笛が大きく響く。
普段の行動範囲のもう一本分の道路まで、じぐざぐにくまなく歩き回るも、返事がない。
ここの道路で最後だな、と思いながら口笛を吹くと。ガサの音とニャーの声。軽自動車の下からである。
モモと声をかけると返事をするが、出てこない。モモは左前輪の裏側に引っかかっていた。
後足を掴み強引に引っ張りだしたが、案の定、カラーはズタズタ状態。抱きかかえると、寒さのせいか震えていた。
氷点下の中、7時間以上いたので、さすがに体が冷えてしまったようだった。
昨年、死んだキロンが雪の日に行方不明になった時を思い出した。
あの時も、私にしっかりと抱きついてきた体は小さく震えていたのだった。
部屋に戻って、すぐに缶詰を食べ、壊れたカラーをそのままに、私のふとんの上に乗ってきて、おとなしく眠りについた。
月曜日、EMを付けてやれば、傷口をなめても問題ないだろうと思い、カラーを外してやると、非常に喜んだ。
しかしながら、いつもは出たがるモモが、一日中部屋でおとなしくしていた。
昨日の恐怖感がまだ残っているのだろう。
思い返してみると、もし、12時を過ぎてから探しに行っていなかったなら、モモは車の下で朝まで耐え、車が動きだす、本当に怖い結末が想像され、心から無事で良かったと思うのでした。
夜の探索は1万5千歩を超えるほど歩いていました。

    壊れた2枚目のカラー         ふとんの上で
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      丸4日経過             外で日向ぼっこ
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内部被曝情報

2011-04-06 (水)

やっぱり、という感じです。琉球大学の先生の考え方に納得がいきます。
内部被曝に関する見解です。ご覧ください。

http://eritokyo.jp/independent/yazaki-okinaqwa-col01.html
テレビから流される「これくらいの量は気にすることはない」のいい加減さに腹が立ちます。
そのせいで、胃に違和感を感じ、唇に水泡まで出来てしまいました。
こんなことは記憶に無い(忘れてしまったかも)
気分転換が必要です。畑仕事に気を向けます。

EMとはEffective Microorganismsの略語で、有用な微生物群という意味の造語です。 EMは自然界から採種し、抽出培養した複数の微生物資材で、琉球大学農学部の比嘉照夫名誉教授が開発しました。

北広島市西の里
東3丁目7-2
(有)イーエム・エコ
TEL:011-375-4234
FAX:011-375-4244

代表細川義治のプロフィール
2011年NPO法人
北海道EM普及協会 理事長
活動内容
・生ゴミ堆肥化の技術指導(札幌市の派遣講師事業)
・家庭菜園でのEM利用技術の普及
・授産者施設でのぼかし作りの指導
・小中学校の環境改善のためのEM利用の普及
・有機農産物の普及
趣味
・映画鑑賞
・3匹の愛猫との散歩