モモ

モモ

2014-11-30 (日)

モモ08.12.152014年11月21日夜中の0時45分永眠。
12歳と数か月を生きました。
20日の朝8時、ガサガサとおかしな音に気づき、洋服ダンスの上のモモを見ると、顔の前で両手をせわしなくバタバタと動かしていた。
少しすると痙攣を起こし始めたので、慌てて下して抱き抱えたが、呼吸をしていない感じで、爪を立てて苦しみ始めた。
毛玉が喉に詰まったのだろうと考え、上下に揺らしているうちに力が抜け、呼吸をし始めた。
その時は、食欲があまりないのは毛玉のせいだろうと考えた。
10時過ぎた頃、また、同じ発作が起きた。
苦しそうなので、抱き上げて揺する。
数分でなんとか普通の状態になったが、これは何かおかしいと思い、近くの動物病院へ連れて行く。
心電図、血液などの一通りの検査をしなければ判断しかねるということで預けた。
夕方、受け取りに行き、説明を聞くと、ひどい不整脈があり、心臓と腎臓に疾患があると言う。
発作が出た時には、傍に居てあげるだけでいいと言われ、取りあえず、薬で様子を見るということで、家に連れて帰った。
カゴから出てすぐにマグロの切り身を食べ、水も飲んだ。
その後、尿も出たので、この調子なら大丈夫と思い、寝付く前に今日の分の薬を飲ませた。
これで、今晩は様子を見ようと思い、モモは浅い眠りに付いたようだったが、落ち着かない様子なので、膝の上に乗せて部屋を暗くした。
こちらも少し眠くなってきたのでフトンを敷き、半身を起こし気味にセットして、胸の上でモモを抱え込む。
モモが一番好きな状態だ。
両手を広げて、ちょっと爪を立て、ベッタリと貼り付くのが好きなのだ。
発作は30分もしないうちに出てきた。
苦しがるので、ゆっくりと小さな声を掛けてやる。
数十秒で収まり、また、眠りにつく。
しかし、1時間ほどすると、また、発作だ。
そして、23時を過ぎた時に3度目の発作。
何か変だ。
ぐったりとしたまま動かなくなった。
息もしていない。
この時、どうした?と考えながら、右手で胸の圧迫を繰り返した。
スースーと鼻から息が出てくる。
抱き直してみる。
動かない。
首に力が入らずに頭が揺れる。
フトンから出て、椅子にもたれ、モモを胸に抱えた。
あっという間に逝ってしまった、と思いながら1時間ほど抱いていると、あれ?なんと手に力が入ってきた。
目が私を見て、「好き」の合図のまばたきをしてくる。
そして、手が急に力を込めてくる。
スポイドで水を口に含んでやると2回飲んだ。
驚きながら、「モモ生き返ったの」と言って頬ずりしていると、尿を漏らした。
オシッコなんかどこにしてもいいよ、と抱き直して「生き返った」と思ったその数十秒後、また、ぐったりとしてしまった。
一度止まった心筋が、何らかの力でまた動き出していたのだろうか。
その後はもう動かなかった。
もう生き返らなくてもいいと思った。
何度も何度も苦しい思いをしなくてもいいよ。
病院へ行って息を吹き返したとしても、また、それから毎日、発作で苦しむことになるのなら、このまま、楽になったほうがいい。
12年余り、一緒に過ごしたけれど、本当にありがとう。
モモは幸せだったかい。
向こうでキロンと仲良くするんだよ。
たまには、夢に出てきて、そして、大きな声で私をよんでおくれ。

モモの思い出
2002年9月、山の手高校のグランドで、雨の中叢で鳴いていたところを拾われてきました。
まだ、生まれてひと月かふた月立ったくらいの小さな子でした。
その頃は、西の里の事務所で、野良猫だった黒猫チビが子育て真っ最中。チビの3匹の子猫に混じって、運よくオッパイにありつくことができました。
チビや子猫たちも、始めは威嚇したものの、喧嘩になることはなく、そのうちに馴染んでいきました。
拾い主が付けた名前「モモ」をそのまま受け継ぎました。
不妊手術をした時に、初めてオスだということがわかりました。
外に出るのが好きでした。
オスは行動範囲が広いようで、少し離れた公園でモモを見かけた、という話もありました。
何度か後を付けたことがありますが、道路ではなく、家の間を通っていくので、なかなか難しいことでした。
追跡を諦めて家に帰って、その後1時間以上かかって帰ってくることも度々でした。
それでも、夕方から街へ出る用事がある時に、昼出かけたままで帰って来ていない時は、口笛を吹きながら100m四方をぐるりと回って来ると、不思議とギリギリの時間に帰って来ました。
車の音に敏感でした。散歩中でもくるまの音がすると、道から外れて車が行くのを確認してからまた歩き始めました。道路を横断するときも、車の音がすると絶対に渡りませんでした。
数年前から良く声を出すようになりました。明らかに、私に話しかけてきていました。
私の帰りが遅くなった時などは外で待っていて、車の音を聴き付けて寄ってきました。
ドアを開けると、「遅い」とでも言っているような強めの声を出しました。
数年前からは、外の階段から大きな鳴き声で、私を呼び出すことも良くありました。
アパートのお隣さんや2階のおばあちゃん達からは、「また、モモちゃんが呼んでいたね」と言われました。
キロンがいなくなってからでしょうか、大っぴらに私に甘えることが多くなりました。
朝、暗いうちに起き出してきて枕元で一声鳴いて私を起こし、ふとんの中にもぐりこみ右太ももにアゴを乗せてしばし温もり、充分暖まると股の間を通って足の先から布団を抜け出し、トイレの中では膝の上に乗り、昼は椅子に座っている私の胸に抱きつき、夜は布団の上に上がって来ました。
腕がしびれてしまう程長くいる事もありました。
チビたちと違って、マグロの刺身、缶詰とカリカリ、焼いた鮭やさんまが好きでした。浴槽に手を掛けて背伸びをして、お風呂の蛇口から水を飲むのはモモだけでした。
一番若かったのですが、余所の野良猫が家の近くに来た時には真っ先に相手に立ち向かい、大きな唸り声を上げて、相手を威嚇し、追いかけ回しました。
格闘になって、2度ほど、傷を負ったこともありました。
その傷が悪化して病院に行き、エリザベスカラーを付けられたのですが、それをとても嫌がり、脱走したことがありました。
氷点下の夜中探し回り、夜が明けてきてから100m以上離れた車の下で発見しました。
カラーが引っ掛かって動けなくなっていて、私が通った時に小さな声を出したので見つけられたのでした。
3年前くらいから、木登りが出来なくなり、体重も少しづつ落ちてきていました。最も大きい時で6kgあった体重が、2012年2月に5.7kg、2013年1月は5.5kg、9月は5.3kgそして、今年に入ってからは2月5.1kg、10月4.5kgになっていました。夏バテかと思っていましたが、顔の周りに白髪も増えてきて、散歩に出る時間も少なくなってきていたので、おじいちゃんになってきたのだと思っていました。
病院で測定すると4kgになっていました。
食も細くなっていたのは、病気のせいだったのですかね。
気づいてあげられずに

EMとはEffective Microorganismsの略語で、有用な微生物群という意味の造語です。 EMは自然界から採種し、抽出培養した複数の微生物資材で、琉球大学農学部の比嘉照夫名誉教授が開発しました。

北広島市西の里
東3丁目7-2
(有)イーエム・エコ
TEL:011-375-4234
FAX:011-375-4244

代表細川義治のプロフィール
2011年NPO法人
北海道EM普及協会 理事長
活動内容
・生ゴミ堆肥化の技術指導(札幌市の派遣講師事業)
・家庭菜園でのEM利用技術の普及
・授産者施設でのぼかし作りの指導
・小中学校の環境改善のためのEM利用の普及
・有機農産物の普及
趣味
・映画鑑賞
・3匹の愛猫との散歩