キロン物語

キロン物語

2010-11-06 (土)

8年前の7月15日、父親の7回忌の夜に、事務所のわきの階段の裏で生まれました。
母親は事務所近辺をうろついていた三匹の子連れ黒猫の、その子供三匹のうちの一匹チビです。
子猫チビは一番小さかったので、優先的にえさをもらっていました。
ある朝、他の野良ネコ2匹とチビの母親の三者会談が開かれて、チビを残して母親と兄弟二匹とほかの猫は姿を見せなくなりました。
チビは人間にえさを毎日もらうようになり、少しずつ人間との信頼関係が生まれてきました。
それでも犬好き猫嫌いの私はチビを家には入れず、寒い冬は階段の裏で寒さをしのぎ、春になりました。
暖かくなってきて、時々家の中に入れてもらえるようになると、ギャーというしわがれ声で鳴いていたチビも、可愛らしくニャーと鳴くようになりました。
「少し太ってきたなあ」と言っていたのが、7月でした。
そして、よもやの三匹の誕生となったのです。
父親の7回忌を済ませ実家から帰ってきた早朝、ドアを開けるときに階段から鳴き声が聞こえたのです。
2階の方から、「昨夜から聞こえました」と聞き、7回忌に生まれたのも何かの縁、ということで、それから家の中で生活するようになりました。
母親チビは、私が子供を家の中に運び込むことを黙って見ていました。
私の手のひらよりも小さな新しい命との生活の始まりでした。
兄弟二匹は真っ黒でしたが一匹だけ白いメスで、「傷と癒し」の意味を持つ小惑星にちなんでキロンと名付けられました。
目も見えない3匹は母親のおっぱいと暖かさだけが頼りだったのでしょうが、チビは暑くて大変なようでした。
キロンが初めて水を飲んだ時は、舌をペロペロさせながら頭を下げていきました。
水に触れた時点で止まるのですが、目を閉じて水を飲む癖は、大きくなっても変わりませんでした。
9月に入ってから、雨の中グランドに捨てられていた白黒猫のモモが乳のみ兄弟として加わりました。
5匹との生活に慣れてきたころ、朝方にカランコロンの音が枕元でしたので、見ると水容器が空になっていました。
初めての動物との共同生活でしたので、飼い方の基本を教えてくれたような気がしましたが、教えてくれたのは確かキロンでした。
そして、すくすくと育ちましたが、他の兄弟のアルはもらわれていき、一番人懐こかったヤマトは出て行ったまま帰ってきませんでした。
白かったキロンの毛並みは変わってきて、薄茶と濃い茶の2色が出てシャム系の猫の姿になりました。
ごはん(ホタテやイカなど)の皿を置いてもすぐには食べず、体に触れて「食べなさい」というと口を付けました。
食べ方が上品で、食材は小さく刻まなければなりませんでした。
食べるものにはうるさくて、でも、野良を経験している母親チビの半分ほどの量しか食べませんでした。
魚の缶詰は食べず、タコとホタテとイカが好きでした。
本当にお腹の空いているときには、まな板に向かっている私の後ろで、母親チビを真似てきちんとお座りをして待っていました。
お尻が化膿して、首にカラーを付けられていた2週間ほどは、部屋で歩くと椅子やテーブルの脚にぶつかってばかりで可哀想でした。
カラーが邪魔をして床の皿に口が届かないので、毎食私が持ち上げ続けた皿から食べました。
最初は苦労していましたが、そのうちに私を独占していることに優越感を感じているようでした。
嫌がった抗生物質を飲むことも、我慢してくれました。
そして、最悪の後ろ脚切断にならずにカラーが取れた日は、本当に喜んで動き回っていました。
好奇心が強くて、なんにでも興味を示しました。
チャイムが鳴ると真っ先に内側のドアの前まで行って、誰だろう?とドアの陰から覗き込みました。
バンパーに前脚をかけ車の前の部分を嗅ぐのが皆好きなのですが、たまにニオイがきつ過ぎたのか、口を半開きにして舌を出し、「くさいニャー」という顔を数秒続けました。
熟睡している時でも、私が表に出ると、どうしてわかるのか起きだしてきました。
車で帰って来たときには、ドアのそばに来て「おかえりニャー」のお迎えがあり、一緒に家に入りました。
知らない人は苦手でしたが、ゆっくりと近づいて来る女子高生には体を触らせることもありました。
朝が苦手で夜は長く起きていたいほうで、早めに電気を消して寝ようとすると、しぶしぶ奥のふとん部屋に入り、「もう少し起きていたいのに、こんなに早く寝るなんて」とでも言っているように「フニャニャフニャニャ」と、ひとり言をつぶやいていました。
夜中の3時ころに起き出してくることが時々ありましたが、私の枕元の周りで数分鳴き続け、それから、私の髪の毛に鼻面を押し当ててきて、それでも起きない時は、ふとんから出ている私の腕に爪を立ててきました。
始めの頃は起きてえさをあげたり、そのまま一緒に散歩に出たりしましたが、数年前に起きないことにしてから、諦めるようになり、起きなくても良くなりました。
外が好きで、夜遅くまで帰って来ないこともよくありました。
夜中に起きて、外に探しにいくこともありましたが、口笛を吹きながら歩いていると、どこからともなく出てきて、私の後を付いてきて家に帰りました。
私が出てくるのを駐車場で待っていて、私の姿を見るとフェンスをくぐり抜けて行くので、捕まえるために追いかけることもありました。
体育館のところまで行くと満足したようで、スピードをゆるめるので捕まりました。
連れ帰ってくるときには、抱き上げると肩の上に上り、前に上げた私の腕に脚を立てておすわりし、周りを見下ろすのが好きでした。
私はまるで、鷹匠ならぬネコ匠のようでした。
抱きかかえると嫌がりましたが、2階の踊り場で遠くを見るとき、寒い朝の散歩のとき、そして、体の大きなモモにしつこく追い掛け回されたときなどは、黙ってダッコされていました。
日中は外に出ていても近くにいるときは、口笛を聞くと一目散に走って帰って来ました。
時々は飛び跳ねるように、また、真夏の暑いときにはのそりのそりと帰って来ることもありました。
校舎の窓から口笛で帰って来る猫を見て、高校生たちが驚いていることもありました。
散歩でグランドまで行ったときには、全速力で走ると他の2匹はかないませんでした。
平日の早朝、夕方、休日などは学校の校庭やご近所を一緒に散歩しました。
でも、行くときは先頭でも、帰ってくるときはわざわざ遠回りしてくるのが好きでした。
「帰るよ」と呼んでもお気に入りの場所から座り込んだまま動かずに、数十分後に迎えに行くこともよくありました。
迎えに行く前に帰ってきたときには半開きにしてあるドアを押して入ってきましたが、迎えが遅かったときなどは、ドアの向こう側で、立ち上がって柱をガリガリとやりました。
休日の学校内は生徒もいなかったので、両手両足?を伸ばして横になってくつろぎました。
後ろ脚を何度か押してやると脚に力を込めてくるので、さらに押すと数十センチほどそのままの姿勢で移動するのはキロンだけでした。
何かを要求するときには、窓枠、柱、商品の箱など、あちらこちらで爪を立てて私に意思表示しました。
時々、トイレに入って来て、私の膝の上で丸まって「グルグル」と喜んでいるうちは良いのですが、それが止んで眠ってしまったときは、起こすのが可哀想でしばらく動けなくなるので困りました。
肩伝いにトイレの棚に上がることもありました。
背中をよじ登って高い所に移るのが得意でした。
また、台所で調理している私の肩に冷蔵庫の上からジャンプしてきたり、物置の上から「降りるニャー」と言って私を呼び寄せ、肩に飛び降りてきたりしました。
冷蔵庫の上やその横の食器棚の上のザルで眠っているときにガスを使って料理をすると、暖かい空気が流れるのがいやなのか、起きて降りてしまいました。
可哀想なので上で眠っているときは、起こさないように、冷奴や佃煮、生野菜などで我慢して夕食としたこともありました。
外で庭仕事をしていると、箱の上やプランターの中、窓下の落ち葉を敷き詰めた場所でウトウトとしていることがありました。
耳を後ろに緊張させて、カメの首のように前へ突き出すと三角形のようになり、その両あごのあたりを下から上へブラッシングしてもらうのが好きで、ピンクの舌がちょろっと出てかわいい顔になりました。
お風呂のお湯を入れだすと、浴槽のへりに前足をかけて立ち上がり、十秒ほど水の入るのを見るのが好きでした。
昼寝する場所は冷蔵庫の上、コピー機の上、洋服ダンスの上のトランクの上や段ボールの中、EM-1の横の小さな箱の中、一番好きなのがプリンターの裏でしたが、時々、その場所に母親のチビが眠ってしまうと、そこへの上がり場を声を出しながら行ったり来たりして、「何とかしてニャー」と私にだだをこねました。
何度かは、言うことを聞いてあげて、チビを別の場所に移動させると、すぐにそこへ上がって眠りました。
何もしてあげないと諦めて、向かいの洋服ダンスの上の箱にジャンプして中で眠りました。
夜の寝床は決まっていて、押入れの布団のくぼみに丸まって寝ていました。
駐車場に座って、道行く人たちを黙って見ていましたが、私が傍にいると、散歩している小型の犬には向かって行きそうになりました。
車のドアを開けてやると、中に入ってダッシュボードの上にペッタリと座り込み、安全なことがわかるのか、姿を隠さずに犬が通り過ぎても悠然と外を眺めていました。
でも、カゴに入れて移動するときなどは、車中でカゴの中の布団をズタズタにするくらいに脚をバタバタさせ、普段出さない大きな声で怒り続けました。
侵入してきたよその猫には、一番体が小さいくせに、先頭に立って相手を威嚇しました。
そして、相手を追い掛け回すこともありました。
雨の時以外は何度も外に出ていましたが、「一緒に出ようニャー」と何度も家に出たり入ったりして私を散歩に誘うこともよくありました。
今週は雨が多くあまり外出できなかったので、夕方5時ころにホタテを食べてまた外に出ました。
7時ごろ、道路を横切ろうとしたら何かにぶつかりました。
いつか事故にあうことはわかっていました。
でも、家に閉じ込められて生活するよりも、自由に外を歩き回れるほうが幸せだと思っていました。
8歳と3カ月と20日、少し短過ぎる一生でした。
抱き上げた体はまだ暖かく、でも、ぐったりとしていました。
私の布団の横で夜を過ごしましたが、前足はいつまでも暖かく、夜が明けたら歩き出すのではないかと思い、時々背中を撫でてみました。
翌朝の6日の5時にみんなで校庭の散歩に出ました。
いつも、好きだった場所を通り、30分ほどかけて家にたどり着きました。
その時でも体は暖かく感じました。雨がパラパラと降ってきました。
お天道様も涙を流してくれたのでしょうか。8年間、本当に癒しを感じさせてくれました。
ありがとう。安らかに眠ってください。

追記 7日、チビとモモ、そして姿の見えないキロンが一緒にいるような気がして、今年最後の暖かい日曜日は何度も校庭に入りました。
カラスに囲まれていたところを石を投げて助けてくれた方や、体をさわらせていた2歳の子供とその母親が通りがかり、「キロンは?」と聞かれ、事実を伝えました。
そして、8日の朝4時には、3匹での本当に最後の散歩に行きました。
6日の散歩の後、部屋に戻った途端に腕がだるくなり肩が重くなったので、意味がわかりませんでしたが、もう少しいつものようにゆっくりと散歩しようと思ったのです。
いつもの学校内の一周をするつもりが、途中でモモの足が止まり、学校の外の向こう側を向いたままフェンスの外の擁壁のコンクリートの上にお座りして動きません。
何度促しても来ないので仕方なく私もフェンスを越えました。
するとモモは、行ったことのない方へ擁壁の上を歩き出したのです。
擁壁の終わりまで来ると、そこから道路に降りて歩き続けました。
そして、一軒一軒玄関先を確認するモモとチビを見ているうちに思い出しました。
キロンが小さかったときの初めての冬、雪が降り積もって辺りが真っ白になったころ、暗くなっても帰ってこないことがあり、雪が降り続いている中を、数時間キロンの名前を呼びながら探し続けたことがあったのです。
しかし、夏の間に一緒に歩き回っていたところにはおらず、結局、学校を挟んで家とは反対側の家の玄関前で、寒そうに泣いているキロンを探し出したのです。
今朝、その家の前を通り過ぎて、あの夜の捜索を思い出したのです。
忘れていた出来事でした。
きっと、あの時、キロンはとても嬉しかったんだろうなあ、それを伝えにモモを使って、最後にここに連れて来て思い出させてくれたんだもの。
「キロンはえらいねえ」と言いながら、体を腕で囲って数十秒間頬擦りしてやると、とても喜んだのに、今、頬擦りしてやれないのが本当にやり切れなく切ない。

追追記
 本日は14日。いなくなってしまった翌朝から、思い出を書き留めるために必死になり、写真を探し出してはデジカメで撮り直したりして、そうしていることで、時間が過ぎることと寂しさを忘れていましたが、1週間を過ぎて少しずつ落ち着いてきました。
 最後にふたつ思い出したので、これでおしまいにします。
 出かけて留守番をしている時や、私が夜中に起きない時などいらつくことがあると、清掃用に置いてあるトイレットペーパーをボロボロにしました。
置き場所には気を付けてはいたのですが、たまに、棚に上げ忘れてしまうと丸々1本がダメになりました。
 警察官に尋問されたことがありました。
遅くなっても帰らないキロンを探しに学校のフェンスを越えてすぐに、夜間パトロール中の警察官に見つかったのです。
パトカーから降りてきて「動かないで」と言われ、顔にライトを当てられました。
「猫を探しているんです・・」と言ってはみたものの、少しアルコールが入っていたので、「まずいな」と感じていました。
しかし、二言三言答えているところに、主人の危険を察知したのでしょう、キロンがさっと現れて私の足元に寄って来たのです。
キロンを見て警察官も私の話に納得し、事なきを得たのです。
最後は、私が助けられた話でした。

    兄弟2匹と(24日目)  兄弟に挟まれてお乳の時間(29日目)
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   遊びだした頃(29日目)       単独行動(34日目)
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 顔つき合わせての昼寝(36日目)  それぞれお椅子で(49日目)
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    学校内の散歩            庭でお昼寝
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     コピー機の上で             雪中散歩
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     狭い箱の中も好き      事務所の駐車場でお昼寝
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     校庭は車の心配がないのでリラックス
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    本当に邪魔だったカラー
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    左からチビ、キロン(9か月)、モモ、ヤマト
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         朝帰りでちょっと神妙な顔
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EMとはEffective Microorganismsの略語で、有用な微生物群という意味の造語です。 EMは自然界から採種し、抽出培養した複数の微生物資材で、琉球大学農学部の比嘉照夫名誉教授が開発しました。

北広島市西の里
東3丁目7-2
(有)イーエム・エコ
TEL:011-375-4234
FAX:011-375-4244

代表細川義治のプロフィール
2011年NPO法人
北海道EM普及協会 理事長
活動内容
・生ゴミ堆肥化の技術指導(札幌市の派遣講師事業)
・家庭菜園でのEM利用技術の普及
・授産者施設でのぼかし作りの指導
・小中学校の環境改善のためのEM利用の普及
・有機農産物の普及
趣味
・映画鑑賞
・3匹の愛猫との散歩