EMエコだより

悪質ソフトreimage repair

2018-11-12 (月)

reimage repair の画面がピーという音と共にいきなり出て「ウイルスに感染しました」「修復してください」という表示。
最近、立ち上がりが遅く、おかしいなと思っていたのでウイルスかと考えたが、残り240秒から少しずつカウントダウンされていくので、急がせるとはおかしいと思い「reimage repair」で検索すると悪質ソフトとあった。
危ない危ない、次に、広告を削除しようと思ったがなかなか消えてくれない。
ソフトをインストールしてしまった時のアンインストール方法は乗っているが、消えてくれないので一度だけ画面を進めてみて、そこを削除すると広告も消えてくれた。
ウイルスでは無いため、ウイルス対策ソフトをすり抜けてしまうとあり、この手の広告には要注意です。

ホジュン

2018-11-07 (水)

韓国ドラマを録画しておいて66話をすべて観ました。
地方の立派な軍人の息子として生まれたが、側室の子であったため、幼少期は虐げられ、青年期は無法者として荒くれ、違法行為の末に逃走、流れ着いた先で心医と呼ばれる名医に出会い、そこから、立派な医者になった伝説の人物を描いたドラマでした。
そのひたむきな行動が、周囲の人の心までも癒していくという稀なる才能と人格。
このドラマが放映された後、韓法医学を志す若者が増えたという話も聞いたことにも大いに納得。
医大入試において、女性差別や縁故による差別を行っていた、医学を経済行為としかとらえていない感性の持ち主、学校関係者たちには、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものです。
技術立国日本の現状は、様々な会社の偽装問題も大きな不安要素ですが、それにも増して、賃金格差が固定化し、子供を産み育てられない社会になりつつあることの方が危険です。
選挙のための政策ばかりでは、未来の子どもたちに負担を先送りするだけです。
経済界、政界ともに自分ファーストの流れが強まってきているように感じます。

ダルビッシュ有

2018-11-07 (水)

一人の命が助かったのだから、自分は本当に良かったなあと思います。自己責任なんて身の回りに溢れているわけで、あなたが文句をいう時もそれは無力さからくる自己責任でしょう。皆、無力さと常に対峙しながら生きるわけで。人類助け合って生きればいいと思います。(ツイッター/ダルビッシュ有2018年10月25日)

安田純平氏が無事帰国を受けての、日本ハムに在籍していた現役大リーガーのダルビッシュ投手の意見です。
まっとうな意見だと思いますが、このツイッターに対して、攻撃的な非難の声も多く寄せられているのに驚きました。
身代金でさらにテロリストたちは、武器を購入して殺戮を繰り返すから、という考えですが、安田氏を40か月も生かしておいた彼らにとって、テロリストからの撤退の可能性はないのだろうか?

ネット情報では「長い内戦を経て無政府状態になったソマリアは貧困や飢餓に苦しんでいた。
豊かなソマリア沖の漁場はソマリア漁師にとっては大切な収入の糧であったのだが、外国の船舶による乱獲で魚がとれなくなってしまった」
この漁民たちが、生きるために海賊行為を始めたという。
寿司ざんまいの社長は、彼らに漁船と技術指導を行い、大きな漁船でのマグロ漁を可能にさせたことで、海賊行為からの脱却に成功したとあった。
現在の所は赤字だが、将来的には黒字になるという。
貧困からの脱出を手助けすることが、ゆるやかなテロリストたちを救うことになると考えるのは甘いだろうか。

事務所移転

2018-11-07 (水)

予定では11月23日に引っ越します。
20年と8か月という長期にわたり住み続けてきましたが、手狭になってきましたので、市内の里見町に移ることになりました。
厚別区のNPO法人北海道EM普及協会事務所からは、さらに10kmほど遠くなりますが、効率よく動き回りたいと思っています。
三笠市幾春別に生まれ、4歳で唐松に移り、15歳からは苫小牧高専の寮生活、20歳で就職し、占冠石勝線トンネル、渡島福島の青函トンネル、蘭越尻別川の河川工事、札幌豊平川河川工事、函館朝市近くの下水道工事、岩見沢の高速道路と現場暮らしで、2年間を休職し青年海外協力隊でモロッコ国アルホセイマの市役所勤務、帰国後、深川高速道路、東京多摩川の沈埋トンネル、蘭越尻別川河川工事、そして、音更の高速道路を最後に、20年間お世話になった㈱奥村組退社。

就職後は、長くて4年、短い時は半年で居住地が変わっていたせいか、ここ西の里に住みだして数年で移りたい欲求が沸いていたことを思い出し、20年という年月の密度を考えた時、少々、物足りなさを覚えます。
これから里見町に移り、残りの人生をどう生きていくのか、しっかりと腰を据えて内にこもらず外に目を向けていくつもりです。
社会情勢は決して楽観できる状況ではありませんから、様々な情報を選択し提供したいとも考えていますので、末永くお付き合いください。
移転先は、現在リフォーム中で、クロス糊にはEM-XGOLDと蘇生セラミックパウダーを混合して、化学物質の影響を減少させ、居間、寝室、事務所などにはEM珪藻土の塗布で心地よい空間に仕上げています。
菜園となる庭にはボカシと残渣をすき込んでの秋処理で来春が待ち遠しい限りです。
西の里ではきちんとした応対もできませんでしたが、お近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。

蘇る記憶

2018-10-27 (土)

10月3日、江別女性協議会の65周年事業で講演を行いました。
9月に予定されていた江別市主催の秋の講座が、9月6日の地震のために中止となったため、市職員の方数人もおられ、総勢150人ほどが聴いてくれました。
EMを使った堆肥作りとその素晴らしい野菜たちの話を1時間ほど、そして、会の役員の方たちが私の経歴に興味を持たれていて、ゼネコンからEM普及に携わるようになった理由や青年海外協力隊のことなども聴きたい、との要望があったため、写真10枚ほどを準備して残りの30分ほど話しました。
奥村組時代の青函トンネルや河川工事のスライドに続いて、モロッコのことを話しているうちに、南方から流れてきて公園の隅でうずくまっている母親と二人の子どもが思い出され、感極まって言葉に詰まってしまいました。
30年以上前のことであるのに、まだ、心の中に強い感情が残っていたことに自分でも驚きました。
私的な感情で講演を終えてしまい、聴衆の皆様には申し訳なく思いましたが、降壇後に良かったよと声を掛けて下さる方もいて、安心しました。
そして、驚いたのが、講演後に中学校の同級生が眼前に現れたことでした。
40年以上会っていなかったために、顔を見てもわかりませんでしたが、より昔のことを思い出させてくれた一日でした。
そして、18日には協力隊同期の東京で施設長をしている友人と久しぶりに会い、26日には奥村組のOB会、27日は東京在住の高専の同級生夫婦と飲み会という、EMに携わる以前の人たちとの再会がありました。
11月末に事務所移転を控え、新たなスタートを切るための心の清算のためなのかもしれないと思いました。DSCN8635

沖縄県知事選挙

2018-10-01 (月)

“激しい選挙戦を繰り広げた沖縄県知事選挙は30日、翁長雄志知事の後継として「辺野古に新基地を造らせない」と訴えた玉城デニーさん(58)が新基地建設の是非を明言しなかった佐喜真淳さん(54)に大勝した。
米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市の辺野古新基地建設を拒む県民の意思が明確に示された。
玉城さんは涙を浮かべ「新基地建設を止めることが未来の子どもたちにできる、私たち責任世代の行動だ」と呼び掛け、「翁長知事の遺志を継いで、私も体を張って主張する」と魂の継承を力強く誓った。
伊江島出身の母と米海兵隊員の父との間に旧与那城村で生まれた。母子家庭で育ったことや産みの母と育ての母の2人の母がいることなど、自身の出自も語りながら「一人も取り残さない社会をつくる」と訴え、沖縄中を駆け巡った。“  (以上ネットから)

玉城新知事の出自を知って、より強く勝って良かったと改めて思った。
辺野古の自然が破壊されるばかりではなく、新基地が建設されてしまえば、未来永劫沖縄には米軍が居座り、日米地位協定による米国の主権侵害と、日本政府による地方自治への圧政は続いてしまう。
本土においても、横田基地へのオスプレイ配備が準備されている中、すでに近隣住民からは、低周波音の地鳴りのような騒音に対する苦情が出ていて、本格配備となれば、より騒音被害は大きく広がるであろう。
訓練区域は北部側にあるので、住宅地上空を飛行することは避けられないのであるから。
沖縄県民が受けてきた騒音や、精神的な不安を新たな地域に広げる政策で良いのか。
そして、北海道もその対象の真っただ中にいることを忘れてはならない。
日米蜜月の関係を見直す時期に差し掛かっているのではなかろうか。
つい先日、訪米した安倍首相は、2国間貿易協定に同意せざるをえない状況に陥っていた。
トランプ大統領は北朝鮮への拉致被害者救済のコメントを口にするだけで、一つの貸しを作った形になっていたのだから。
核の傘だけが日本を護る唯一の方法ではないことを考える時だ。         
何の戦略も持たない安倍首相は、防衛装備品(武器)の大量購入を迫られるだけなのだ。

樹木希林さん

2018-10-01 (月)

75歳で亡くなられた彼女を悼むドリアン助川さんの追悼の記事(北海道新聞9月21日夕刊)には、弱者に寄り添い行動に移す彼女の本質が語られていた。少しだけ抜粋させて頂きました。

“紛争状態にあったウクライナでの映画祭には、周囲の制止にも関わらず「そういうところだからこそ行ってあげたいわよね」と言って、二人だけ(ドリアン助川さんと希林さん)で訪れ、見終わったあと、目頭を押さえているウクライナの人々を静かに抱きしめた。
福島県会津の山間部の中学校では、映画の感想を言えずに固まってしまった女生徒を、やはり全身で抱きしめ「私も同じだったんだよ。ひとこともしゃべれない子だった。でも、胸の中にはたくさんの言葉があるよね」女生徒は無言のままうなずいた。
ウクライナの映画祭からの帰り、希林さんは自宅に戻らず、なぜかそのまま沖縄へ向かった。翌日、辺野古埋め立てを阻止しようとする沖縄のおばあたちと腕を組む希林さんの姿があった。映画祭からの衣装そのままで。“

若いころからの老け役で異彩を放っていた樹木希林さんであるけれど、最近は社会派的な映画への出演が続いていた。
人間の本質や現実の社会を淡々と表現するものが多かったように思えるが、人の心を見透かす眼力があったのだろう。
共演者たちの言葉には、凝視された思い出があるという。
全身ガンであるにも関わらず、ガンと共生しながら最期まで女優業を続けた生き様には感嘆するばかりです。

地震と原発

2018-09-08 (土)

9月6日早朝に起きた胆振東部地震に対して、政府の地震調査委員会は「石狩低地東縁断層帯」より下の別の場所で発生しており関連はない、と説明したとあった。
昨年の熊本地震でも従来の活断層と別な震源地での地震が相次いでいることを考えると、従来の原発立地条件の活断層の真上はダメなどと言っていることの愚かしさが際立ってくる。
地震の危険性が世界で最も大きい日本という国土には、原子力発電という危険極まりない設備は絶対に存在してはならないものなのではなかろうか。
さらに言うならば、今回、厚真火力発電所の停止による道内全域の停電などという、大きな被害を出している現状を見ると、大規模発電所システムに対するデメリットは社会的な大混乱を招くことが明確になった。
スペインのような、再生可能エネルギーを中心とした小規模発電集積型で全国的な電力コントロールシステムを構築していくことを望みたい。

台風と地震

2018-09-08 (土)

そして、翌朝3時。
夜明け前からチビと散歩中、突如ぐらぐら揺れた途端に街灯がすべて消えてしまった。
チビは驚いて家に向かって走り出し、真っ暗な部屋でローソクに火を付け、見回すと開けっ放しの食器棚の上段からコップ5個が落ちて割れていた。
不思議なもので、ビール用の陶器カップや湯飲み茶わんが落ちていたにもかかわらず、無傷。
どういう落ち方をしたのか?
水は出る、ガスは使える、ということで、冷蔵庫と冷凍庫の心配だけ。
じゃがいも、タマネギは沢山あるし、畑にはミニトマト、長ネギ、ズッキーニとあるので、食料の問題はなし。
お隣さんたちの声がするので表に出て、情報をもらう。
苫小牧付近、震度6、ここで5か、意外と強かったことに驚く。
外にいたせいで揺れを感じにくかったのかもしれない。
5時過ぎ、10km離れたリフォーム中の家を見に行くついでに近くの湧き水場に寄り道し、信号が作動していないので大きな道優先で到着。
中に入って異常がないことを確認している最中に余震、2くらいか?
柱と梁だけの状態だったが、揺れ方にも異常がないことに安心。
7時を過ぎると、本州方面から携帯に電話が入りだし、無事を伝えながらも長話をしてしまう。
昼を過ぎてから、携帯の電池が少なくなっていることに気付いたが後の祭り。
夕方には通話不可能になり、車のラジオだけが情報収集手段となってしまった。
いざという時のためには、車から取れる携帯の充電器を常備することが必要と感じた。
それとラジオと懐中電灯の電池、ロウソクは常備しておくことも痛感。
ここ西の里は、晩酌が終わった8時近くに通電があり、冷凍庫、冷蔵庫の中も無駄になることなく被災体験終了。
隣の厚別は停電中だったが、昨晩、通電があったようで、一安心。
震源地の亡くなられた被災者の方々の魂よ安らかであれと願う。

強風雨

2018-09-05 (水)

DSCN8539[1]DSCN8538[1]

夜中の3時ころには、強い風と雨音。
私の傍らで寝ていたチビも、落ち着かないようで、何度も私の顔に鼻面を近づけてくる。
食べさせて、浅い眠りの後、雨もやみ明るくなったので、一緒に外へ出てみると、物置の後ろにあった松の木が倒れていて、物置の屋根に覆いかぶさっていた。
お隣の物置は横倒しになっていて、ここに住み始めて21年目にして、初めての強風被害を目の当たりにした。
全国的な災害は他人ごとではないことを肝に銘じた。

EMとはEffective Microorganismsの略語で、有用な微生物群という意味の造語です。 EMは自然界から採種し、抽出培養した複数の微生物資材で、琉球大学農学部の比嘉照夫名誉教授が開発しました。

北広島市西の里
東3丁目7-2
(有)イーエム・エコ
TEL:011-375-4234
FAX:011-375-4244

代表細川義治のプロフィール
2011年NPO法人
北海道EM普及協会 理事長
活動内容
・生ゴミ堆肥化の技術指導(札幌市の派遣講師事業)
・家庭菜園でのEM利用技術の普及
・授産者施設でのぼかし作りの指導
・小中学校の環境改善のためのEM利用の普及
・有機農産物の普及
趣味
・映画鑑賞
・3匹の愛猫との散歩